ハノイでひとりぐらし

ベトナムのハノイで暮らしています

当事者として

 

ベトナムの企業で働くとある人に出会いました。

その人に、「なぜベトナムに来られたんですか?」と聞いたら

「とにかく問題が多いから(自分が)なんとかしないと」というような答えが返ってきて、

はて???という気持ちでモヤっと。。。

その人は、とてもエラそうなことを言っていたけれど、

任期が過ぎれば日本に戻るとのこと。

うーん・・・。

確かに何かに問題意識を抱いて、熱意を抱くのは悪いことじゃない。

でも、くれぐれも気をつけないといけないな、と思うのは

「当事者であるかどうか」ということ。

「当事者」でない人が、あれこれ騒ぎ立てるのは、

とても寂しいことだと思う。

 

相手の立場に立つって簡単なことじゃないけど、

自分と違う人と出会うとき、わたしたちは相手の視点を想像すべきなんだと思う。

たとえそれが自分の常識とかけ離れていたり、

なんとなく一般的な答えのようなものがすでにあるとしても。

 

わたしたちは、未知のものに対して踏み込むか踏み込まないか決めることができる。

だからこそ、踏み込むことを決めた人は、

未知のものに対して真摯に向き合うべきなんだと思う。

 

ましてや自分がマイノリティである状況で、

自分の持っているものが優れているなんて、奢りどころか勘違いに近い。

人はついつい優劣で判断してしまうけど、

文化は優劣がつけられるほど単純なものではない。

目の前にいる人のアイデンティティを否定できる人などこの世界中のどこにもいない。

自戒をこめて、再認識。

 

自分と違う人を勝手に困っている人にして、

自分の存在意義を探してはいけないよ。

彼らはあなたがいなくても幸せだし、

彼らの国も、あなたがいなくてもこのまま発展を続けていく。

そういう意味では、わたしたち日本人のベトナムでの存在意義は確かに脆くなっていく。

だからこそ、「当事者」としてベトナムでがんばりましょうと

言いたいのでした。