ハノイでひとりぐらし

ベトナムのハノイで暮らしています

体育の思い出

わたしは、

体育の苦手な子どもだったのですが、

高学年のときに、はじめて

いかにも体育会系の先生が担任になって

子どもながらに新鮮で、

それまで後ろ向きだった体育の授業に

前向きになれるようになった。

 

でも、ハードルの授業のとき、

よくわからないまま挑戦して、

よくわからないまま転んだ。

 

膝を擦りむいて血が出て、

ちょっとびっくりしたけど、

ハードルの授業って、転ぶ生徒は

ほかにもいたし、

足の速い子が軽々と

ハードルを飛び越えていく姿に

みんなやっぱり惹かれるものがあって。

 

それに低学年ではやらない内容だから

みんな新鮮で、楽しんでいて、

ちょっと熱い雰囲気があった。

 

だからわたしも、

よくわからないままもう一度挑戦した。

 

そしたら、同じように転んで

同じところをさらに擦りむいた。

 

さすがに、ここで、次は走らずに

保健室に行くことになった。

 

そのときは転んだことに驚くばかりで

精神的にショックとか

そんなことはなかったけれど、

 

次の授業からわたしは、

まったくハードルが飛べなくなった。

一番低いハードルでも、

どんなにゆっくり走っても、

飛べなくなった。

 

担任の先生は、私を心配して

ぶつかっても痛くないように

段ボールでハードルを作ってくれたり

飛び越えずに倒しながら進む練習を

提案したりしてくれた。

 

でも、私はできなかった。

今思うと当たり前のことだけど。。。

 

だって、自分がなぜ転んだのか、

どうすれば転ばないのか、

全く教えてもらえなかったから。

 

怖がらなくていいとか、

ぶつかってもいいとか言われても

実際に私はぶつかって転んで、

怪我をして痛い思いをしたわけで。

 

単に恐怖心がついたとかじゃなくて、

これは危険だってことを、

経験から学んで、

そのソリューションもないまま、

がんばろう、っていう気持ちだけでは

どうにもならなかったんだよね。。。

 

切ない。。。

 

当時は、

その先生を嫌いにもなれなかったし、

ただただ、

できない自分が理解できなくて

悩むほどではなかったけど、

切なかったなあ。

 

 

全ての子どもが、

身体を動かすことをちゃんと

楽しめるような授業が

行われるといいなって思う。

 

膝の傷跡を見て、

ふと思い出してしまったのでした。

 

遠い思い出。